研究内容

村橋研究室では、周期表のdブロック遷移金属元素に焦点を当て、元素の特性を生かした遷移金属錯体の化学を推進しています。遷移金属錯体は、無機化学分野はもちろんのこと、有機化学、高分子重合、物理化学、触媒化学、材料化学、生物化学、医薬品化学にまたがる幅広い分野で研究され、活用されています。これは、遷移金属錯体が、dブロック元素特有の結合性や電子的性質に基づいて多彩な機能を発現するからです。村橋研究室では、現代化学における鍵化合物群のひとつになっている遷移金属錯体の基本的性質(結合性・立体構造・反応性・物性)を解明し、広い波及効果をもたらし得る根源的な機能性金属錯体を新たに開発・応用することを目指して研究を進めています。

キーワード:
錯体化学、有機金属化学、金属クラスター、均一系触媒、有機・無機ハイブリッド構造、分子ナノメタリクス、錯体物性、
レドックス機能、錯体光反応

関連する学部科目群:
村橋研究室での研究は、主に、応用化学系学部教育の有機化学科目群無機化学科目群(応用化学フォーカス科目群)で学ぶ内容を基礎とします。これらの科目群の両方、あるいは少なくともどちらかを学んできた学生の方々は、スムーズに研究に入ることができます。

以下に、村橋研究室でこれまでに報告している研究例を紹介します。

三次元ナノ金属クラスターの原子レベル制御合成と機能開発

我々は、最近、環状不飽和炭化水素が包囲型で塊状サブナノ金属クラスターをバインドして安定な錯体が形成されることを初めて見出し、その化学を展開しています(初報:J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 12682、日刊工業新聞、化学工業日報、ChemistryViews等)。最小の最密充填(fcc)型立方八面体13核金属クラスターを6つのトロピリウム配位子が架橋配位することで、安定な有機金属型サブナノクラスターが生成し、これを化学合成可能です(図1)。これを契機に、多数の配位子をもつことが原因でこれまで構造制御が難しいとされてきたナノ金属クラスターを、単核錯体のように少数の配位子を用いて研究することができるようになると期待され、均一系サブナノ錯体化学「分子ナノメタリクス」への道が拓かれる可能性があります。さらなるブレイクスルーとなり得る新たなナノ金属構造が研究室メンバーにより生み出されています。理論研究グループと共同で結合性の解明も進めているほか、触媒機能等の機能性解明も進めています。


図1.6枚の7員環配位子のみで構築したサブナノ13核金属クラスター(Murahashi et al. J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 12682)。

二次元単層金属シートクラスターの合成と機能開発

我々は、2006年に単層金属シートをもつサンドイッチクラスターを開発することに初めて成功し、その化学を展開しています(初報:Science 2006, 313, 1104、アメリカ化学会機関誌、月刊化学等)。「サンドイッチ化合物」は、平行に配置された2つの不飽和炭化水素間に金属原子が挟み込まれた化合物の総称であり、その発見と開拓は1973年のノーベル化学賞(Wilkinson, Fischer)の対象にもなっています。サンドイッチ構造は金属原子を1個挟み込んで安定な構造を与えるため、これまで単核錯体の分子設計に用いられてきました。その結果、個々の遷移金属元素の特性を生かして有用な機能性錯体が開発され幅広い分野に革新を与えてきました。例えば、フェロセニウム(Fe)やコバルトセン(Co)はレドックス試薬として電気化学や化学合成に広く一般的に用いられているほか、ジルコノセンなどのように重合触媒として工業利用されている錯体もあり、単核サンドイッチ錯体は今では「教科書の化合物」になっています。我々は、この有用なサンドイッチ構造内に単層金属シートを構築できることを明らかにし、その結合構造、反応性、物性を解明して機能性分子を開発する研究を進めています。5員環~9員環までの単環式不飽和炭化水素類や多環式芳香族類が単層金属シートに対する架橋配位子としてはたらくことを明らかにし、三角形、四角形、五角形シート構造を構築することに成功しています(図2:8員環と9員環のコンビネーションによる四角形シートの構築例(Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 15318、図3:ベンゼンやナフタレンを用いた単層金属シートクラスター(Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 2482)。また、2種類の金属原子が混合した合金型単層金属シートの構築もおこなっており、合金化による特性発現の解明を進めています。これらの二次元単層金属シートクラスターは、特異な金属集合形状に基づく様々な性質を示すことが期待され、現在解明を進めています。


図2.9員環と8員環不飽和炭化水素を利用した単層金属シートクラスター(Murahashi et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 15318)。


図3.ベンゼンやナフタレンを用いた単層金属シートクラスター(Murahashi et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 2482)。

一次元金属鎖クラスターの合成と機能開発

我々のグループは、二重結合が一次元的に連続したπ-共役構造を持つπ-共役ポリエン類が一次元金属鎖を挟み込んで安定な化合物を形成することを1999年に初めて発見しました。連続的なπ-配位結合を介してπ-共役ポリエンと金属-金属結合鎖が有機・無機ハイブリッド体を形成しており、これまでにないタイプの一次元分子とみなせます(図4:これまでの最長10核金属ワイヤー構造、Nature Commun.2015, 6, 6742)。我々のグループでは、この新しいタイプの一次元分子をサイズ・形状選択的に構築する合成法の開発を進めています。これらの一次元金属鎖分子は、光や電子に応答して結合構造を変化させる分子スイッチング機能をもつことも明らかになりつつあります(図5:レドックス応答金属鎖分裂・再結合、 Nature Chem., 2012, 4, 52)。


図4.天然共役ポリエン(カロテン)を用いて構築した一次元金属鎖分子(Murahashi et al. Nature Commun.2015, 6, 6742)。



図5.金属鎖が可逆的に分裂する現象の模式図(Murahashi et al. Nature Chem., 2012, 4, 52).

金属-金属結合をもつ反応活性二核錯体の開発と有機分子の変換

我々は、鍵となる出発原料錯体を自ら開発し、これを用いて錯体反応化学を展開しています。我々が開発した[Pd2(CH3CN)6][BF4]2は、パラジウム錯体反応における極めて優れた開始原料として機能します(J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 4377)。これまで、Pd-Pd結合錯体を安定化合物として得るためには、ホスフィンなどの配位力の強い配位子を結合させる必要があると考えられてきました。しかし、このような錯体は安定に得られる一方で、反応性に乏しく、Pd-Pd結合錯体の反応性を十分に調べることができていませんでした。我々は、溶媒のみを配位子として持つ反応活性Pd-Pd結合錯体を単離する方法を開発しました。この錯体は、1,3-ジエン、アルキン、アレーン、複素芳香環等の不飽和炭化水素基質と反応し、二核錯体を与えることを明らかにしています。二核錯体特有の反応を利用することで、最近では、1,3-ジエンを通常とは逆方向(E体→Z体)に光照射なしで異性化させることにも応用しています(図6:Nature Commun. 2021, 12, 1473、月刊化学)。ここでは、反応共役の概念も取り入れて、化学反応における課題の1つである「光照射なしのContra-thermodynamic反応の実現」に向けた方法論を議論しています。


図6.金属-金属結合活性種を用いた逆方向1,3-ジエン異性化(Murahashi et al. Nature Commun. 2021, 12, 1473).

ラジカル型パラジウム錯体の開発と反応解明 

我々は、高い反応性を示し、かつ不対電子をもつラジカル型金属錯体の開発とその反応性の解明も進めています。パラジウム錯体は、優れた有機合成触媒として機能することから、研究や工業において汎用されています。単核パラジウム錯体は、これまで偶数電子をもつ反磁性体が優先して与えると考えられてきており、これらが触媒中間体としてはたらくことが提案されてきています。我々は、配位子による制御により奇数電子の単核パラジウム錯体が安定に生成する可能性に着目し、反応活性パラジウムラジカル種の開発と反応性の解明を進めています(図7)。触媒反応においてパラジウムラジカル種が果たす役割を明らかにすることを目指しています。

図7.単核パラジウム錯体の酸化状態図.

 
 

「新しさ」を生み出すこと。これこそ、化学の醍醐味ですし、好奇心の塊である化学者がもっとも力を発揮して活躍するホームグラウンドです。村橋研では、チーム全体で「新しさ」を生み出そうとしています。

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